仕事に対する情熱や思いを、ミッシェル福島流に解釈し綴ったエッセイ

仕事の達人


RAPPER(ラッパー)




Rapper。
これは、Rapを行う人の名称である。
1970年代後半に、ニューヨークの黒人の若者から生まれたRapは、
リズムを付けて自分の主義、主張を即興的に語ることをいう。
そしてこの語源は"rap"の語意の"おしゃべり"と、話し合うことによって
"信頼関係"を保つという"rapport"から来ていると言われている。

実は、今年の初夢が、この"ラッパー"だったのである。
あれは、武道館、いや、東京ドームだったかもしれない。
すごーい大観衆の前で、マイク片手にラップをしている
私の姿が、夢に登場したのだ。

そう言えばファンの子が「ミッシェル命!」と絶叫してたっけ。
いやー、正月早々、縁起の良い夢じゃ、と思っていたら、
なんと、3日連日で見るではないか。

これって神様のお告げ?
「あなたは、ラッパーにおなりなさい。きっとヒットして儲かるワ」
みたいな。

私は、モデル、タレント、エッセイスト、と複数の肩書きを持つが、
「ラッパー、ミッシェル福島」というのも"シャレ"で、いいかもしれない。
それに最近は、漫才師が歌ったり、本を出したりと、
ほんのシャレでしたことが、流行る時代。

今こそ、ラップに挑戦する時ゾ!
初夢どうもありがとう。
ヨォ、めざせ、ラッパー。
しかし一体、ラッパーというのは、どうすればなれるのか、
これが問題である。

演歌歌手なら、大先生に弟子入りして、
ぞうきん掛けからスタートというのも有りだろうが、
私が目指すのはラッパーだ。
たとえば、ニューヨークのブロンクス辺りに住んで、
バスケットの仲間に入り、rapportしながら、
ラップの輪を広げるというのは、チト、時間がかかる。

そこで、お手軽なラッパー修得の手はないものか、
と考えていた時、ある友人の名を思いついた。
ブラックアメリカンの"Kaleb James(ケイレブ・ジェームス)"である。

彼はキーボードプレイヤー兼シンガーなのだが、
あの小室哲哉氏の仕事仲間で、
去年、大成功を納めtrfの全国ツアーでは、
バンドリーダーを務めた人物。
彼ならきっと、ヒントをくれるに違いないわ♥、
と私はさっそく電話した。

「ヘーイ、ミシェール」と、いつもの様に、フレンドリーなケイレブ。
軽〜くおしゃべりした後、私はズバリ、
「ラッパーになりたいの」と告白。

「ラッパー? ハハ、ラッパーには
25歳までっていう年齢制限があるんだよ」
ドキッ。
「ウソ。ジョークだよ。
ラッパーになるには、自分の主張を持つことだ。
それがなけりゃ、ただの独り言に過ぎないよ」

続いて彼は、こう提案してきた。
「君は書けるんだから、とにかく詞を作ってみれば?
よかったら、僕がそれに曲を付けてあげるよ」

曲? スゴイ展開になってきたゾ。
"作詞+ラップ" ミッシェル福島、
"作曲" ケイレブ・ジェームス、
"プロデュース" by 小室哲哉、
イコール 『紅白歌合戦』という図式が浮かぶではないか。

そして彼は、最後にこう言った。
「Break a leg」

ケイレブのエールにお答えして
『ミッシェル福島のワン・ポイント・イングリッシュ!』

この時の"Break a leg"は"足を折れ"と訳すのではない。
足が折れるくらい"頑張れ"ということ。

これは、ミュージカルのステージに上がる前の俳優やダンサーに、
掛ける言葉らしいが、ミュージシャンの間でも使っているのだ。
Do your best も、同じ、頑張れだが、
この"Break a leg"の方が、サウンドナイスって感じ。

ケイレブの電話で、勇気100倍、元気1000倍になった私は、
ラッパーになるべく、いよいよ修行をスタート。

まず私は、普段の生活態度からラップにのめり込むことにした。
ま、いうなれば、ミッシェル福島のラップ漬けだ。

クッキングする時は、包丁やお玉をマイク代わりにラップ。

♪ Yo 皆、集まれ。今夜はイタリアンパスタだ。
ブランドは何? もちろん"ディチェコ"。アルデンテ、OK!
カルボナーラにする?卵を割る。あ、カラがは入った。シット!
そして私は、詞を書いた。

『シャレでラップ 96'』
作詞+ラップ ミッシェル福島

♪ 愛のないオリジナリティ
コピー上手なジャパニーズ
増殖するステレオタイプ
夢を失くしたファミコンBOY

こんな時こそシャレが大事
シャレでラップ
シャレでスマイル
シャレで笑い飛ばせ!

明日は忘れて今日に生きる
刹那的でもイイじゃない

好きなコトやりたいコト
気分次第がイイじゃない

今の君にはシャレが大事

シャレでラップ
シャレに夢中
シャレでゲットするハッピーライフ

(セリフ) My name is Michelle Fukushima by the way !

♪ シャレでラップ×8


仕事に対する情熱や思いを、ミッシェル福島流に解釈し綴ったエッセイ

仕事の達人


MODEL(モデル)

モデル:ミッシェルマネキン1号+ミッシェルマネキン2号+ミッシェル福島(3号)
撮影:野田真也 / ヘアメイク:工藤順子 / マネキン制作:アトリエアイ



私はモデルである。
中学生の頃から、長年モデルをやってきて気づいたことだが、
モデルには、数々の"禁句"があるのだ。その一つとは「暑い、寒い」である。

私の様に"スチールモデル"と呼ばれる、雑誌やカタログ、ポスターなどを
中心に活動するモデルは、シーズン先取りで、夏に冬物、冬に夏物を
着ることが多い。冷暖房完備のスタジオならよいのだが"ロケ"となると、
少々勝手が違う。二年前の冬、私は死にかけた。

現場は横浜、船のデッキ。初夏のイメージカットをベイブリッジを
バックに撮影しようというのだ。スタッフは、私を含めて総勢8名。
名古屋のカメラマンと大阪から来たスタイリストを引き連れ、
ヘアメイクと雑誌の社員、それにスポンサーも同行した。

夜の撮影ということで、メイクをきつめにしてもらった私は、透ける様な
オーガンジーのドレスを身にまとい、カメラマンの指示を控え室で待った。
「じゃ、ここに立って」いよいよ、シューティングの本番。
スタイリストさんは、私が羽織っていたコートを容赦なく剥ぎ取った−。

サーッ、と風が私の体を吹き抜ける。
ミッシェル福島、瞬間冷凍。パキン。

だが、仕事の最中に、マネキンみたいに固まっている場合ではあるまい。
寒いのがなんだ。冷え性がどうした。そして私は、ポーズをとった。

ところが、スタートして間もなく、寒さから来る震えで、ポーズがとれなく
なってしまったのだ。おまけに、風の強さで、目から涙も出る始末。
私は、我慢のレッドゾーンに達し、ついに、あの言葉を口にしてしまった。
「寒い!」
それを聞いていたカメラマンは、冷たくひと言「休けい」と言った。

休憩中、皆でコーヒーを飲んでいたら、私の側に居たスタイリストさんが、
彼女のアシスタントに、こう話しかけた。
「この前の新人の子、スゴかったなあー。
あんだけ寒いロケやったのに、"寒い"のひと言、言わへんかったで」
「口唇は、紫色やったわー」と弟子。

つまり、このスタイリストの言葉を訳すと
「ミッシェルは、ベテランのくせに、寒いなどと、ほざくな」となる。

それではここで、悔しまぎれの
『ミッシェル福島のワンポイント・イングリッシュ!』
こういう、いけず(関西弁で"陰険、嫌味"の意味)な女のことを
英語では、" Nasty girl " (ナスティガール) と呼ぶ。
この" nasty " という単語は、実に重宝で、私はよく使っている。

先日私は、姉の長男の"諒"(当時3歳)を連れて、
近所のスーパーへ買物に出かけた。
諒くんは、しばらく大人しくしていたのだが、退屈したらしく、
私がチョッと目を離した隙に、やってくれたのだ。
なんと彼は、トイレットペーパーの下敷きになっているではないか!
オーマイゴットと思ったが、小悪魔の様に笑っていたので、私は叱った。
「Don't be nasty !」( おいたしちゃ駄目! )

この様に、nastyは、子供を叱る時にも使えるのだ。
ちなみに諒くんは、nasty という英単語をよく理解している。
おりこうちゃん。

ところで、モデルの禁句だが、他には「おなかが空いた」が挙げられる。
撮影中、カメラマンが乗ってきたら、モデルは、ランチ返上でポーズを
とらなければいけない。「腹減った。早く食わせろ」と、心で叫びながら、
モデル達はすました顔で、今日もポーズをとっているのだ。

そして「苦しい、しんどい」なども禁句に入る。
数年前、私は"マネキンのモデル"になった。
実は、マネキンの顔には、一体一体モデルになる人がいるのだ。
私は以前、マネキンの手のモデルをしたことがあって、それを制作した
職人の山本さんから「今度は、顔やで」と、お声がかかったのだ。
山本さんは、今までに、マネキンの原形を1500体以上制作
したという、この道、35年のベテラン職人である。

私は、顔のモデルだけでなく、モデルの経験を生かして、
マネキンのポーズ作りにも参加。
そして数日後、私はアトリエを訪れた。
「ほな、ポーズをとってや」と山本さん。
水着に着替えた私は、鏡の前で練習しておいたポーズを作った。
ミッシェル福島、合意の上での瞬間冷凍だ。

ポーズは、15分とって休憩、というサイクルだったが、人間、15分間も
同じポーズのまま立っているなど、並大抵のことではない。
しかも私は、ハイヒール。
「マネキンになるのも、楽じゃないですよね」と、山本さんに話しかけると
「ミッシェルは、まだましな方や」と、こんな昔話をしてくれた。

「前な"生抜き"ちゅう方法で、外人モデルにポーズをとらせたまま、
首まで、液体が入った紙筒に、入れたことがあるんや。
液体が固まって、いざ、抜こうとしたら、抜けんようなってしもてなー。
モデルは泣くは、たいへんやったで」

紙筒の生抜きですか。こんなインパクトのある話の後で、
間違っても「苦しい」などとは言えまい。

私は無言で立ち続けながら、禁句を言わないマネキンこそ
"モデルの達人"ではないかと、感じたのだった。


仕事に対する情熱や思いを、ミッシェル福島流に解釈し綴ったエッセイ

仕事の達人


ACTRESS(女優)

Model : Michelle Fukushima / Painter : TOMOSHI



「私は女優志望です」という女の子は、全国に大勢いるだろうが、
私は友達にそれを職業としている女性がいる。
その名は、塚本加成子。

彼女は、京都のミス着物に選ばれたのをきっかけに芸能界デビュー。
NHKの朝ドラ"ええにょぼ"や"水戸黄門"に準レギュラーで出演したり、
山村美紗さんの作品では、殺されて血を流していたりする女優さん。

先日私は、彼女の引っ越したばかりのお宅を泊りがけで訪問したー。

ピンポーン。「加成ちゃん、遊びましょ」
とドア越しに声を掛けると、こんな返事が飛んでくるではないか。

「ミッシェル? お断りするわ」

はあ? 今やっているのは、意地悪な女の役? と思いきや
「ジョーク。ようきてくれたわ」と、加成ちゃん登場。

加成ちゃんとは6年前、幕張メッセで開催された
宝石のショーで知り合った。他にモデルも来ていたが、
同じ関西からということで、仲良しになったのだ。

「初めて加成ちゃんを見た時"きれいだけどキツそう"って思った」

「私だって。濃い顔のハデな子がいるなーと思っていたら、
それがミッシェルやったんやん」

ワインを飲みながら、今宵は、女同士でトークタイム。
そして仕事の話題へ。

「この前、ハイビジョンで撮影したの。
で、その上がりを見た時、失神しそうになったわ。
シワがメッチャ目立ってて。ほんま、誰があんなもん作ったんよ」

「わかる。写真ででも、一本シワが写ってるだけで、5歳は老けるもの」
怖いわねー"シワ"。

ところで、加成ちゃんは、何回くらい死んだの?

「10回以上かなぁ」

うんまー。ゾンビみたいね、ではなくて死人になるってどんな気分?

「気分なんてないわ。今夜、何食べよって考えたり。
死んでる時間が長過ぎて居眠りしたこともあったわ」

えらく、不真面目な死人ザンスねー。

こんなひょうきんな加成ちゃんだが、様々な苦労も体験している。
以前、スキンヘッドの男に追いかけられるシーンを撮ったらしいのだが、
その俳優の迫真の演技が、暫く彼女を、男性恐怖症にさせたというのだ。

でもどうやって克服したの?

「女優って面白いもんで、次の役が来たらコロッと忘れるねん。
役にはまって又、忘れて。その繰り返し」

強靭な精神力で、次々に役柄を演じる女優達。
しかし時に、役にはまり過ぎて、自分を見失ったりするという。

「そやから、ミッシェル、素顔の塚本加成子とちゃうときは、叱ってな」

一人の女性がそこにいた。

仕事に対する情熱や思いを、ミッシェル福島流に解釈し綴ったエッセイ

仕事の達人


NAIL ARTIST (ネイルアーティスト)




華やかに着飾って、綺麗にお化粧した後は、
ネイルサロンでフィニッシュ。
最近、こんな女性が増えている。

ネイルサロンでは、プロのネイルアーティストが、
手足の爪を美しく仕上げると同時に、
心のリラクゼーションを促してくれる。

欧米では、20年も前から存在するリッチな爪のサービス。
日本人が、これを受け入れ始めたということは、
精神的に、豊かに成長したからなのかもしれない。

ネイルアーチスト主な仕事は、爪の形と甘皮を整えてマッサージする
〜ネイルケアー〜

たっぷり時間をかけてマニキュアを塗る
〜ネイルカラー〜

さらに高度なテクニックを駆使して行うのが
〜ネイルエクステンション〜

これは、爪を噛む癖や、深爪の人に、最適な"つけ爪"のこと。
爪に専用のチップを装着させ、その上から、特殊パウダー + 液体を
混合させた材料をブラシで加えながら、手際よく作り上げてゆく。
十分、乾燥させた後、丁寧にヤスリで形を整えれば、約2時間で完成。

このつけ爪は、市販されている簡易つけ爪とは違い、丈夫で割れにくく、
本物の爪とはほとんど区別がつかない。爪の伸びる2、3週間毎にサロン
に通って "インフィル(補整)"を受ければ、半永久的に、美しいつけ爪を
保つことが出来る。

そして〜 ネイルアート〜

爪をキャンパスに見立てて、自由な発想と遊び心で、魅力的に演出する。
かわいい花柄やアニマル模様を描いたり、宝石の様なラメやストーンを
施したりと、デザインは実に豊富。

-- Summer Time --
これからの季節は、青い海をイメージした、マーメイドネイルアート。

水色のマニキュアをベースに、その上から、金色の細いシールを付けて、
輝くストーンをちりばめる。
こんな爪で、イルカと一緒に、海に戻るのもいいかもしれない。

子供の頃---キレイな爪に憧れた。

私には" 爪を噛む "という癖があって、私の爪は、いつも不細工だった。
その癖は中学生になっても、高校性になっても続き、モデルを始めると、
それは、大きなコンプレックスを生み出した---。

「キレイになりたい」--- いい方法はないものかしら?

6年前、私はシドニーで" つけ爪 "の技術をマスターした。
コンプレックスは、時として、人間の原動力となるもの。

そう、私に『ネイルアーチスト』という" 魔法 "を与えてくれたように。


仕事に対する情熱や思いを、ミッシェル福島流に解釈し綴ったエッセイ

仕事の達人


DETECTIVE(探偵)

Model : Michelle Fukushima / Graphic : TOMOSHI



不可解なことがある。

シドニーに住んでいた時のことだ。聞き慣れない男の声で、
私の住んでいるフラットへ電話がかかった。

「君は"A"か?」

A? 私が「No」と答えるや、男は私に様々な質問を投げかけた。

Aと知り合いか? いつからそこに住んでいるのか? 国籍は? ...etc。
その男の声にはスゴみがあり、彼が何者か尋ねる余裕もなく、
私は答えていた。そして最後にこう告げる。

「Aは殺人の目撃者なんだ」

------数日後。

私の自宅に、初めて訪問した友人が、エントランスを見ながらこう言った。
「3カ月前かな。ここ、TVで映ってたワ。そう、殺された男が運ばれてた」
まッ、badなオージージョーク。

「ほんとよ。だってフラットの名前が同じだもの」と、彼女はキッパリ断言。
続いて冗談混じりに尋ねた。

「ベットで殺害されたらしいけど、あなたの部屋じゃないでしょーネ?」
賃貸情報には"血痕付きベット完備"なんて書いてなかったゾ。

しかし、ふと、あの電話を思い出した。"A"が目撃者という男。
このフラットで殺人事件があったという事実。
要するに、私の部屋の元住人"A"が、この玄関から死体として運ばれた男性の
殺害現場に居合わせたってこと?

やっぱ、私のベット?オエッ〜〜〜!

「でも、まだ分からないんだから、調べてみれば?」と彼女。

その日から、私はソファーに寝る覚悟をして、調査に乗り出した------。
探偵、ミッシェル福島"誕生"。まずは、部屋の隅々までチェック。というのも、
血痕が壁やカーペットにでも付いていたら、新しくなっているはずだからだ。

--------調査結果報告。

@塗りたてに見える壁。
A新品といえるカーペット。
翌朝は、部屋を借りている不動産へ。

「殺人? 君の住んでいるエリアは、シドニーで一番危ないけど、
君の部屋ではなかったと思うよ」

B不動産選びの大切さを痛感。
次に、お隣さんへ聞き込み。

「まあ、知らなかったワ。この階の人達って、あなたも私も含めて、
この3カ月以内に越してきたばかりなのよネェ...」

C数日後、彼女は引越した。

そして調査を進めてゆくうちに、同じフラットに住む日本人を発見。
「あ、あの事件ね。だったら大丈夫。あなたの部屋の斜め向かいだから」
D私のベットは"シロ"であった。

残るは、あの男と"A"の謎である。

私はベットに横たわりながら、"A"宛に届いた封筒を見つめていたのだった...。


仕事に対する情熱や思いを、ミッシェル福島流に解釈し綴ったエッセイ

仕事の達人


PHOTOGRAPHER(カメラマン)

Model:Edward & Lily Bilson in Sydney
Photographer:Michelle Fukushima



カメラマン。
私は長年、この職業の方々の、被写体としてポーズをとってきた。

10代は、ニコッとかわいく笑う"ニコパチ"を売りにし、
20代は、フェミニンな表情で、カメラマンを見つめた。
そして30代に入った今、撮影当日は、めいっぱい若作りをして
「オバンと呼んでみい!」という気分で、撮影に臨んでいる。

ま、それはともかく、この被写体の私が以前、逆の立場、
そう"カメラマン"として、雇われたことがあるのだ。

「カメラマンを、お願いしたい」と、こう申し出たのは、
あるマネキン会社の社長さん。なんでも、子供のマネキンを
制作する為の"モデルの写真"が必要なのだという。

「君のモデルの経験を、子供のポーズに生かして欲しい。
それに、女性の君なら、自然な表情も撮れるだろう」

なるほど。それにしても、写真を見るだけでマネキンを作るなんて、
スゴイ職人芸。でも、それってホント?

「大丈夫。その気になれば、世界中の人間をマネキンに出来る」

アラッ。いいことを聞いたワ☆ 
ならば、私をフッた男をマネキンにして、首でも絞めとく? ギューッ。

社長さんは、一通り説明した後、私にブ厚い封筒を手渡した。
「どうぞ」と言われて開けてみると、
あの福沢諭吉大先生が、ニコパチしているではないか! 
その数、40(フォーティ)。経費を含んでいるとはいえ、
"女流カメラマン、ミッシェル福島"としての、"初ギャラ"だ。
そして私は、こう告げた。
「いい子、見つけてきますネ」

マイルームに戻った私は、アドレスブックを手に、友人に電話を入れた。

「お願いがあるんだけど。子供いくつだったけ?」

「5歳と7歳だよ」

「実はね、彼女達を写真に撮りたいの。出来れば水着で。
マネキンのポーズの参考にするの。
で、3歳から11歳までの子供がいたら、紹介してくれない?」

「OK。丁度、家のプールが完成したから、そこに子供を呼ぶよ」

「じゃ、2週間後にね」

こんな風に、私は友人にジャンジャン電話を入れ、バリバリ、アポを獲得。
私は、ニコンのTW2Dコンパクトカメラを握り、いざ、成田へ向かった---。

---シドニー
日本は、真冬だというのに、南半球はベリー、ホット! 
昨日まで、コートを着てたなんて、ウソの様じゃ。

初日は、ハイレグでフットワークも軽〜く、プールのあるボブのお宅へ。
プールでは、私のモデル達が、天使の様に笑っていた。ボブ、感謝!

よーし。私は夢中で、シャッターを切り始めた---。カシャ。カシャ。
ところが突然、レンズの中の子供達がゲラゲラ笑い出したのだ。

アラッ、ムシ歯が丸見えよ、と思いきや、
私のビキニの肩ヒモが、ズリ落ちているではないか!

恐怖の"乳"ポロリ、である。

「見たなー」と、私がイカリパクるやいなや、男の子の一人がこう言い発った。
「Good shape (イイ形)」

カー! 生意気なガキのことを英語では" cheeky boy "と呼ぶ。
アンタ、10年早いのよ。
でもこの一件で、皆と仲良しになれたから、よしとしておこう。

そして私は、モデルの素質のある子をピックアップして、
様々な角度から、撮影することにした。
「こういうポーズしてみて」と私。

「ノー。そんなのヤダ。だってソフィ、ポーズ作れるもん」
と言いながら、クルクル回り出すではないか。

なんでも彼女は、週に2度、バレエのレッスンに通っているのだという。

「あ、ソフィ、そのポーズ。 keep still 」と私。
この英語は"じっとして"という表現。

たとえば、こんな時に使ってみよう。
ウェイトレスが、お盆いっぱいのワイングラスを手に、
片足&つま先で立っているとき。keep still..keep still.......
ガシャーン!ソフィは目が回って、ドボーン!

こうして、一週間に36枚撮り×30本、イコール1080枚、
合計37名の子供を撮影し、カメラマンの任務が完了。

[ 子供を撮影するポイント ]
その1、友達になる。
その2、わがままを聞く。
その3、"乳(チチ)を出す"である。

シドニーを後にした私は、バカンスの為、クアラルンプールへ飛んだ。

スーツケースを受け取り、税関を通ろうとした時、係官に呼び止められた。
「 Wait . Open please 」!? このケースを開けろと言うの。
私は仕方なく、それに従った。すると彼女は、なぜか、
私がプリントしておいた"子供の写真"を取り出すではないか!

ジーッと、見入る係官。
まずい。"ヌード"で撮影した写真ばかりが出てきたのだ。
彼女は私を"人身売買業者"もしくは、"ロリコン雑誌の編集人"
と、考えたのかもしれない。

無言で、見続ける係官。ヘタをすれば、写真は没収され、事情聴取である。
マネキン、どうなるの---。

係官は、ヌードの子供を抱いた母親の写真を見るや、明るい顔でこう言った。
「親が許して撮ったヌードなら、問題ないわね。写真良かったワ」

その4、母も一緒に撮る、である。

ちなみに、この子供は、かわいい"マネキン"になったとさ。


仕事に対する情熱や思いを、ミッシェル福島流に解釈し綴ったエッセイ

仕事の達人


CHEF(シェフ)

モデル:ミッシェル福島 & エリオ・オルサーラ
Model :Michelle Fukushima & Elio・Orsara
Photographer:TOMOSHI



私は自称、シェフである。スーパーで新鮮な野菜や肉、
イキの良い魚介類を見ると、思わず、料理の腕が鳴ってしまう。

しかもそれらに赤字で"広告の品、大特価" と書いてあれば
「お安いワ」とばかりにお買い上げして、その日のディナーを作るのだ。

そんな私の18番は、何を隠そう"インド料理" なのである。

インド料理との出会いは、私がロンドンに留学中
"ヒロコさん"のお宅に御招待された時だった。

「インド料理なんて初めてでしょ」と
キッチンで食材を並べながらヒロコさん。

「うん。何が出てくるのか、ドキドキだなぁー」と、19歳のワタシ。

なぜヒロコさんが日本人に馴染みのないインド料理を作れる
のかというと、彼女のダンナ様が、インド人だからだ。

ヒロコさんは、ダンナ様とブティックを経営していて、
私はそこでバイトをしたり、モデルの仕事を紹介してもらったりと、
たいへんお世話になっていた。

「ね、テーブルセッティングさせて」
と私が棚を開けた時、思わずお目々が、鍵盤になってしまった。
なんと、棚中に "スパイス" がズラリ整列しているではないか。
私が点呼を取ったなら "いち、に、さん"と、
50ものスパイスが返事しそうだ。

「ワァオ、スーパーみたい」
と私が感激していると、ヒロコさんがこう言った。

「この中から、10種類以上のスパイスを使って、
私のガラムマサラを作るの」

ガラムマサラ?

このエスニックな響きこそ、インド料理を支える
究極のミックススパイスなのである。この秘伝は、母から娘に継承され、
娘は自分なりにアレンジして、家庭独自のものを作り上げてゆく。

「でも、ヒロコさんのお母さんは日本人だし、誰に教わったの?」と私。

「彼のお母さんよ。初めは、どれがどれだか分からなくて。
慣れるまでは、たいへんだった」

そーでしょ。国境を越えた、嫁、姑、問題。
私は、玉ネギをカットしながら、涙目で聞いていた。

そんな昔話をしながら彼女は、一羽のニワトリをさばき、
作りおきの、あの秘伝のスパイスをそれに塗した。

「これはね、タンドゥールチキン。タンドゥールっていう粘土の釜土で
焼くからそう呼ばれるんだけど、オーブンで焼いても十分、美味しいのよ」

コケコッコー、おなかが鳴るゾ。

ヒロコさんは、他に魚のカレーや、ラージマという豆料理を作ったが、
それらにも、あのスパイスを少量加えた。

暫くして、キッチンに美味しそうな香りが漂い始めた。
そう、タンドゥールチキンの焼き上がった香りだ。
これなのね。あのスパイスの香りは...。
まるでゾウに股がって、ガンジス川を渡っているみたい。

私は、我慢しきれず「味見させて!」と、小さなチキンを口に含んだ---。

さて、ここで [ミッシェル福島のワン・ポイント・イングリッシュ、
試食バージョン]といこう。

今月のメニューは、美味しさの表現。

まず、料理が美味しくない場合"bad"というのは、皆さん御存知のとおり。
では、badより、さらにまずい時はどう表現するのだろう。
  それは、"awful"である。
そして、このawfulよりも、さらにまずい時は、こう言うのだ。
「Yuck!(オエッ)」

続いては美味しい場合。フツーに美味しいは"good"。
さらに美味しいは"tasty"。
そして、極上の美味しいは"yum、yum"と表現するのだ。

早口言葉でおさらいすると
「 bad → awful → yuck 」、
「 good → tasty → yum 」 となる。

もちろん、チキンを食した私は、こう絶叫した--。
「ヤム、ヤム!」

すばらしいディナーの後は、ヒロコさんが私に、嬉しい発言をしてくれた。
「お嫁に行く時は、私のガラムマサラを持って行きなさいよ」

この日以来、私は、せっせと、ヒロコクッキングスクールへ通い、
インド料理とスパイスの妙を極めたのだった。

ところで私は、密かに、イタリア料理もマスターしたい、と考えている。

私の師匠は、エリオ・オルサーラ氏。
東京、半蔵門にあるイタリア料理店"エリオ・ロカンダ・イタリアーナ"
のオーナーシェフで、あのTV番組"料理の鉄人"にも出演した実績を持つ。

私はこの店に行く度に、エリオを質問責めにして、
しっかりちゃっかり、メニューを覚えて帰るのだ。

「この前のレシピはどお? グー?」と、店で私を出迎えたエリオが言った。

「すごく楽しく出来たワ」と私。

「ウ〜ン、ベリーナイスね。楽しく作って美味しく食べて、
そこにハッピーな会話とワインがあれば、あとは"イビキ"をかくだけだ」

何それ?

そして彼は続けた。
「今日は、特別に、秘伝のスパイスをミシェールにプレゼントしよう!」

エッ!?  あのガラムマサラの様なスパイスが、イタリアにもあるというのか。
嫁入り道具が、また一つ加わりそうだゾ。

the spice of life. 人生をエンジョイするには"スパイス"が、必要なのだ。

最近私は、好きな人の為にも"シェフ"をしている。


仕事に対する情熱や思いを、ミッシェル福島流に解釈し綴ったエッセイ

仕事の達人


INTERPRETER(通訳)

Model :Michelle Fukushima / HARIHARI :TOMOSHI
Photographer:Kenji Watanabe



私は英語が喋れる。とは言っても、同時通訳やCNNのニュースキャスターの様に、
完全にバイリンガル、とまではいかない。

しかし以前、私は"通訳"としてラブコールを受けたことがある。
依頼人の名は、レイコ福島。そう、私の"母親"だ。

「明日、通訳してくれへん?リサさんが来はるの」と、母。

通訳? なんでも、オーストラリアで仕事をしている弟(マサ)の上司が、
初めて旅行で京都に来るのだという。

「外人さんの相手なんて、ママ一人ででけへんでしょ」

ごもっとも。私でよければお供しましょう。
思えば、私が英国に留学中、母はせっせと梅干を送ってくれたっけ。
今こそ、御恩返しのチャンス!

翌朝、母は、服や着物を引っ張り出して、ファッションショーをしていた。

「どれがええ?」とウキウキ気分の母。

「そうねェー、外国人を喜ばすには、やっぱ"着物"でしょう」
と私が言うと、思いがけないお返事。

「ママが着物を着てると、藤あや子に間違われて、ナンパされるねん」

はあ? 私が時々、大ボケをかますのは、この母あってこそ、である。

めでたく大島紬に決まったのはいいが、母の髪はどうしたらよいのだ?
パーマが伸びきった恐るべき"爆発頭"。

私は思わず「髪とお化粧は、まけせて」と買って出た。
こうなったら、母が鬼瓦と呼ばれない様、
マダムに変身してもらおうじゃないのー。

夕方、マダム・レイコは通訳(私)を引き連れ、旅館のロビーに登場。
と、そこへ、金髪の50代の女性が英語で話しかけてきた。

「マサのお母さん?」

「YES!」と私は母の代わりに返事。

「で、あなたがミシェール? マサが"姉貴は芸名を持っているんだ"
って言ってたワ」と、笑顔でリサ。

私がそれを母に訳すと、母はリサにこういうではないか!

「本名は"やよい"ですわ。家族は皆、"やいちゃん"って呼んでますねん」

エックスキューズ・ミー?

なごやかな御対面を終えると、予約しておいた日本料理店へと足を運んだ。
日本酒で乾杯しながら、リサは弟の生活ぶりをリポートしてくれた。

「マサはね、すごくマツゲが長いの。この前、マスカラを塗ったら、
楊枝が10本も乗って、皆、大爆笑だったのよ」

又、あのネタ?マサは、ちゃんと仕事やってるのかいな。

私は「マサは会社で人気者になっている」と、母に訳しておいた。

暫くして、私達の前に、カラフルな器に盛られたお料理が並んだ。

「リサさん、お箸、大丈夫やろか。ね、"こういう風に"っていうのは
英語でどう言うの?」と母が小声で私に尋ねた。

「"Like this"って言えばいいの。
人に物事を教える時は、このフレーズだけでOKよ」と私も小声で返事。

これを聞くや、母は、リサのおぼつかない手元を取って
"正しい箸の持ち方"を伝授し始めた。

「Like this。 Like this .....」
そう言えば、私が子供の頃、母が私の手を握り
「やいちゃん、こうするんや」と、持ち方を教わったけ。

母によると、箸には数十種類の無作法があるという。
使い方では、何から食べようかと迷う時に、箸が器の間を行き来する"迷い箸"、
又、箸から箸へ食べ物を移す"拾い端"は、お骨拾いを連想させて縁起が悪い、
とされている。

母の熱心な教授によって、リサは美しく箸を持ち、使いこなした。

「最近は、日本人でもお箸の作法がなってない人が多いのに、リサさんは偉いわ」
と、母。するとリサは「レイコから教わった箸の作法を、皆に広めるワ」だって。
グー。

母はこの時、「Really?」「ほんま?」と、喜びを表現したが、ここで、
[ ミッシェル福島のワン・ポイント・イングリッシュ、発音編 ] といこう。

日本人が英語を上手く話すには、たった"3つの発音"さえ出来ればよい。
その3つとは"r"と"v"と"th"の発音。

これらは、日本語にはない英語特有の発音なので、
これらをマスターすることによって、英語が喋れる。

まずは"r"の発音から。皆さん"あくび"をしてください。
そう、その時の舌の形で"アー"と発音すればいいのだ。

続いて"v"。人は悔しい表情をする時に下唇を噛むが、
その状態のまま、"ブ"と言えばよい。

そして難関の"th"。
これは、舌を少し噛みながら、"酢"と発音。

それでは、"r、v、th"の前後のアルファベットに注意して発音してみよう。

「 I think you are very clever ! 」 おりこうちゃん!

さて、無事に日豪親睦ディナーを終えた私達は、夜桜を見物がてら、
リサを旅館まで歩いて見送ることにした。

私が桜に見とれていたら、二人が側にいないのに気付いた。

アレッ? と前方を見ると、母はリサと、楽しそうに会話しているではないか。
しかも、わたし抜きで。

ママ、通訳は要らないのー。

私は、桜と母の後ろ姿を眺めながら、こう呟いた。 「マダムに見えるじゃん」


仕事に対する情熱や思いを、ミッシェル福島流に解釈し綴ったエッセイ

仕事の達人


DJ(ディスクジョッキー)

モデル:ミッシェル福島
DJマシーン&Title文字制作:TOMOSHI
撮影協力:野外民族博物館リトルワールド



DJとは、小麦粉やとき卵の様なものである。
と、こうヒラめいたのは、先日、トンカツを料理していたとき。

DJは、トークで曲と曲とをつなぐが、それは、豚肉とパン粉のつなぎをする、
小麦粉やとき卵と同じではないか、と考えたのだ。

つなぎがしっかりしていれば、トンカツが型崩れしない様に、
DJの腕が良ければ、曲も生き、味わい深い番組が出来上がるのである。

ところで、DJという仕事は、私に、意外な発見をさせてくれた。
大阪芸術大学の学園祭に、ゲストとして呼ばれた時だったーーー。
一人の男子生徒が、私に話かけてきた。
「"ブラックキャット"に出てる、ミッシェル福島さんですか?」
That's right !

ちゃんと聴いてくれてるのネ、と喜んでいたら、彼はこう言い出すではないか。

「僕、ミッシェルさんて、外人かと思てましたわ。日本語、下手やし」

ブッ! そして続けた。

「声がハスキーやから、太ってるんちゃうかと」

ゲッ! なんと、彼は、私の声から、"デブの外国人"と想像していたのだ。

この様にリスナーは、喋っているDJの顔を知らない場合、
その声から、人物像を個性豊かに作り上げてゆく。 映像がなく、耳からのみ伝わる声というのは、人間の想像力を、
実に逞しく、かき立たせるのである。

そういえば、こんなのもあったゾ。
「ミッシェルさんのイメージは"謎の東洋人"です」
当ったりー!

そして、こんなこともあったーーー。
"シュート、イン、ポップス"という番組では、リクエスト番組を担当。
3カ月もすると、ファンが出来、"あっちゃん"という
16歳の女の子から、こんな質問のハガキが寄せられた。

「DJをしていて、一番、感動したことは何ですか?」

感動?

それは、FM大阪の"住所"を初めて読み上げた時だ。

ロック少女だった私は、中学生の頃から、そのFM局を聴く様になって、
リクエストハガキをせっせと書いていた。

ところが数年後、DJという逆の立場で、その昔、何度となく
ハガキに書いた住所を読み上げたのである。

「なんか、ジーンときちゃって」と、しみじみ番組で話したら、翌週、
"あっちゃん"から、こんな返事が届いた。

「今日、初めてしたバイトのお給料を頂いたの。
この感動って、ミッシェルさんが住所を読んだ時と同じですよね」

曲をつなぐだけでなく、人の心をつなぐのも"DJ"なのかもしれない。


仕事に対する情熱や思いを、ミッシェル福島流に解釈し綴ったエッセイ

仕事の達人


ENGLISH TEACHER (英語教師)

モデル:ミッシェル福島



英語上達のカギは、 " 恥 " をかくことである。

もちろん基礎は重要だが、その基礎を応用しながら、
恥をかき体験して、英語を覚えてゆくのが一番良い。

そこで、私の体験をもとに、恥をかく大切さを教えちゃおう。

Here we go !

ロンドンに留学して数日目、あのハロッズデパートへ、初めてのお買物、
とシャレこんだ日のこと---。

着飾った紳士淑女の賑わう中、私は、イソイソと" ジューサーミキサー "
を買う為、電化製品売場へ。
ところが、目当ての品が見つからず、店員さんに、声を掛けることにした。

「 May I help you ? 」

店員さんは「 Perdon ? 」と返事。

アララ、通じなかったの? と私は、もう一度、ゆっくり発言してみた。

「 May I help you ? 」

すると彼女は、突貫工事のドリルの様に、笑いだすではないか。
「 ダハハハ、ダハハハ・・・ 」

オーマイガ。ちょっと危くなーい?

面食らっている私に、彼女は、身振り手振りで伝えた。

「 それは、私のセリフなのよ 」

なんでも、客の私が店員である彼女に、
「 お伺いしましょうか? 」と、尋ねたと言うのだ。

ミッシェル福島、ハロッズの店員状態。

彼女は笑い続けながら「 お客さんのあなたは、こう言わなきゃ 」と、
この言葉を教えてくれた。

「 Could you Please help me ?(お助け願えませんか?)」

ロンドンの英語学校での出来事---。授業中、日本で習ったことのない単語 " Cheeky "が出てきたのだが、私は、辞書を忘れて困っていた。 それに気付いた先生が、日本人の女子生徒に「 教えてあげなさい 」と促した。

その子は「 鉄面皮 」とひと言。

てつめんぴ? 何、それ?

私が理解に苦しんでいたら、その子が先生にこう言うではないか。
「 日本語で教えてあげても、 分からないのよ、彼女 」

その日の私の日記には、こう記された。 「 今に見てろ、ボケ! 」

ちなみに " Cheeky (鉄面皮)" は、 " 生意気、厚かましい " という意味。

今でも、あの生徒の意地悪な口元を 思い出すが、実は、彼女に感謝もしている。 というのも、鉄面皮の意味が分からなかった お陰で、日本語の知識も、英語を学ぶ上で 大切だと悟ったからだ。

さて、こうして覚えた英語の " 使い方や意味 "そして" 発音 " は、 心と体に、しっかり身に付いてゆくのである。

ところで、" 恥をかく "って英語は、 何だったけ?


仕事に対する情熱や思いを、ミッシェル福島流に解釈し綴ったエッセイ

仕事の達人


HAIR MAKE(ヘアーメイク)

スーパーモデル(?):ミッシェル福島 / ヘアーメイク:工藤順子
たまたま写った:TOMOSHI / カメラマン:野田真也



ヘアメイク。

この職業の方々に、 私はずいぶんお世話になった。 ありがとう。

彼らのプロの技によって、私は10代に バケ、時には、宝塚メイクで男性に 変身し、特殊メイクで、かぶりものの 怪獣にもなった。ガオ〜。

ま、それはともかく、私は5年前、 大阪のヘアメイクさんの手によって、 イメージチェンジを遂げたーーー。

撮影当日の朝、メイクルームの鏡の前で、 彼女がこう切り出してきた。

「今、スーパーモデルが皆、細眉やん。 ミッシェルも、いいんちゃうん?」

鏡越しに私を見つめる彼女の手には、 しっかり握られた、眉毛バサミ!

私は迷った。

実に私は、ブルック・シールズ、 いや"ゲジ眉"のミッシェルとして ファンも多い、つもりなのだ。

しかし彼女は、言ってのけた。 「失敗しても、又、生えてくるやん」

パードゥン?

そして彼女はゆっくりと、ハサミを 入れ始めた。なんだか、お相撲さん の断髪式みたい、と思いつつ、 儀式は終了し、メイクも仕上った。

「どうや?」と彼女。

はっきり言って"私は別人"。 ミッシェル・シェルダンって感じだ。

なにを隠そう"顔"の印象を一番 変えるのは[眉]だったのである。

しかし、これだけ変わってしまうと、 私の持つ"運"も変わるかもしれない。 眉のお陰で、急に売れなくなるとか、 男にもてなくなって、食事のお誘いも なくなるかもしれぬ。

そこで私は、ある人物に会うことにした。 人相家の"桜井大路"氏である。

先生は、人相家の三男として生まれ、 先生の祖父は [黙って座れば、ピタリと的中(アタ)る] という名言を残した大家。

先生とは、6年以上のお付合いで、 遊びがてら行っては「又、来たか」 とイヤがられている。 ウフッ。

「先生、今日は眉を見せに来ました」 と私が言うと、思いがけないお返事。

「いいじゃないか」

なんでも眉は、芸風などの才を表わす 所で、毛並みがよく、多少湾曲している のが望ましいという。そして続けた。

「素顔もいいけど、口紅は、ひいておいた方 がいいな」

先生に眉を見て頂く為、私はノーメイク だったのだが、口唇の輪郭がぼやけていると、 男に騙され易いそうだ。

「上口唇の山の部分を、ハッキリ描いて "私はひっかかりませんよ"とアピール するんだよ」と、笑顔で先生。

じゃ、たまには、ぼかしとく?

ところで、最近、印象深かったのは、 "男性"のヘアメイクさん。 業界では、男性というのは、別に 珍しくないが、私にとっては初体験。 しかもよりによって、私好みときた。

私はいつもの様にすました顔で、 鏡の前に座っていたが、ところがどっこい、 心の中では、パニクッていたのだ。

「口臭は平気? 鼻毛、伸びてない? 頭の角は、隠しておいたっけ...」

彼は、そんなことなど知るよしもなく、 黙々と仕事をこなしてゆく。下地作りが 終わり、パーツメイクに移った。 彼のその顔が細かい作業をするにつれ、 どんどん私に迫ってくる。彼の息づかい までも、伝わってくるではないか。 ヤ、メ、テー。

私はこの時、一つの定義を見い出す。 ヘアメイクとモデルは、実にエロティック な関係である、ということだ。

そして今、公私共に仲良くしている のが、工藤順子チャン! 以前、一緒に 撮影をした時、えらく感激したことがある。

私は寒〜いスタジオで、薄〜いドレスを 着て寝そべっている、というポーズを とっていた。はじめは、私の素足も入れて 撮影、という予定だったが、カメラマンが ポラロイドを切ると、入れない構図がいい、 ということになった。

すると順ちゃんは、自分の靴下を脱いで、 私の足に履かせてくれるではないか! How sweet !

無事、撮影が終わると、 私は感謝を込めて彼女にこう告げた。 「洗って返すネ」 ところが「いいよ」と言いながら、 なんと、又、その靴下を履いちゃった のである。

順ちゃん、悪いけど、私の足の香水付きよ。 きっと臭いわよ。

そして、彼女は言った。 「いいじゃん、ミッシェルのだし」

ブリリアントなお返事のお礼に [ミッシェル福島のワン・ポイント・ イングリッシュ!]

この時の私の気持ちを英語で表現すると 「 I am deeply touched 」となる。

この文章を訳すポイントは"touch(ed)" という単語。"触れる"というのが 一般的に知られているが、意味は それだけではない。他に"達する"、 "感動させる"というのがあるのだ。

では、touchが理解できた所で、この 文体がどうなっているのか、考えてみよう。 そう、昔覚えたあの文体。[・・・される] という受身を表す、be動詞+過去分詞。

さて、全てクリア出来た所で訳して みよう。そう、私はこう言いたかったのだ。

「メッチャ、感動!」

ちなみに、この靴下の一件で、順ちゃんと 私の絆は、さらに深まったのである。


仕事に対する情熱や思いを、ミッシェル福島流に解釈し綴ったエッセイ

仕事の達人


DRIVER(ドライバー)

モデル:ミッシェル福島 / 小物制作:TOMOSHI
撮影協力:ウォーキートーキー



77467729。

これは、日本全国の平成15年度、 第一種普通免許、保有者総数である。 (警察庁交通局調べ)私も、その中 の一人で、国際免許もゲット!

海外旅行先でも、レンタカーをカッ飛 ばしてるの★、と言いたいが、ところ がどっこい、私は"紙"。 そう"ペーパードライバー"なのだ。

私が免許を取得したのは、平成元年、 9月。その3日後、私は、あるアクシ デントに遭遇したのだったーーー。

撮影の為、私はディレクターの運転す る車で、東京から日光に向かっていた。 約2時間も走ると、日光に続く山道の "いろは坂"が見えてきた。

「ここはサ、急なカーブが多いだろ。 走り屋には、有名な"坂"なんだ」と彼。 ま、関西で言う所の、六甲ドライブウ ェイですな。

そして、中腹のカーブを曲がり切ると、 突然、巨大な水たまりが出現。 「危ない!」 クラッシュ! ミッシェル福島、失神〜〜〜。

「オ、オイ。生きてる? オイ」と いう声が、遠くから聞こえてきた。 オイ? 私は状況を把握するや、ハッ としてバックミラーを覗いたーーー。

私は"フランケン福島"ではなかった。

窓ガラスが割れなかったお陰で、二人 共、奇跡的に助かったのだ。ただ、私 の足は小刻みに震えていた...。

「アー、君が無事でよかった」と彼。 車は、水たまりにハンドルを取られ、 ガードレールをブチ破って、ストップ したのである。

続いて彼は、小声でこう言った。 「実はサ、今、ヤバイんだ」

な、なんと、私の助手席側の前輪が、 宙に浮いているではないか。 ミッシェル福島、シーソー状態。 私の真下は、道路じゃなくて"崖"な のね。なんで、失神させておいてく れなかったのよー。

しかし、いつまでも、こんなデンジャ ラーな所にはいられまい。地震でも来 たら、車ごと、バンジージャンプだ。

いざ、脱出!

そこへ、車が一台、通りかかった。 彼は、その車にSOSを求め、街まで 乗せてもらうことにした。 「スタッフに連絡を取ってから、JAFを 呼んでくる。君は車を見てて。悪い」 と、ディレクター。

そして私は一人になった。

暫く車の側で、ボーッと立っていたら、 車が数台、走ってきた。 ドライバー達は、車と私を見るや 「アッ、事故だ!」という顔をして、 走り去って行った。

アラッ、冷たいのね、と思いきや、そ の一台が、バックしながらやってきた。 「大丈夫ですか?」と年輩の男性。

私は、怪我はないこと、連れがJAFを 呼びに行っていることを伝えた。 「ここからじゃ、3時間はかかるね。 大変だろうけど、頑張って」と彼。

スリー、アワーズ!?

正午を過ぎて、車の量が増えてきた。 "事故&女性"というツーショットは、 同情を誘うのか、ほとんどの車が、 停車しては、私に声を掛けてくれた。

豪快だったのは、トラックの運転手さ ん。「見てな」と、啖呵を切って、 一人で車を引っ張り始めたのだ。とこ ろが、「重いねえぇ」と断念。

すると、それを見かけたドライバー達 が、続々、集まってくるではないか。

ヨイショ、ヨイショ、という掛け声と 共に、前輪は、みごと道路に着地。 トラックの運転手さんは、笑顔で私に 告げたのだ。 「これで、座って待てるよ」

ジーン。

"お疲れさん"と、声を掛け合って、帰 ってゆく見知らぬドライバー達。後ろ 姿を見送っていたら、泣けてきた。

私が感動の涙に浸っていると、そこへ 今度は、おばちゃんが登場。 「どうしたの!?」

ケガでもして泣いている、と勘違いし たらしい。私が状況を説明すると、お ばちゃんは車に戻り、なにやら持って きた。

「ハイ。お弁当とお茶。これでも食べ て、元気出しなさいョ」

エーン。お化粧、剥げちゃう。

この"いりは坂"の一件は、私に様々な 教訓をもたらした。その一つが"車は 怖い"ということである。

そしてこの1カ月後、シドニーに移住 したこともあって、私は全く、運転を しなくなった。

ーーー先日、こんな電話があった。 「ミッシェルは、運転できるの?」 こう言ったのは、あるプロダクション のマネージャー。 なんでも、ビデオの撮影で、"車を運転 する女性"のシーンが必要なのだという。

私は迷った。NO、などと言ったなら せっかくの仕事を逃しかねない。 で、言ってしもたーーー。

「ハイ。7年間、無事故無違反です」

ここで、[ ミッシェル福島の ワン・ポイント・イングリッシュ! ] 私の好きな表現の一つに "trial by fire"がある。

trialの意味は、[裁判、試し、試練]と あるが by fire が付くことによって、 "実践する"と訳せる。 そう、トライアル、バイ、ファイヤー!

現在私は、せっせと駐車場に通い、運転 に精を出している。もちろん、その仕事 をこなし"ペーパー"という肩書きを捨て るために。

そして、 あの"いろは坂"を超えてやるのだ。


『仕事の達人』
仕事に対する情熱や思いを、ミッシェル福島流に解釈し綴ったエッセイ